「パンとチーズとワインがあれば幸せ」とよく言われるように、ワインとパンは切っても切れない密接な関係です。bulbul店主の鈴木純子が好きなパンも数あれど、9月のワインセットのお供である木村製パンはちょっと特別な存在。そこで今回は、木村製パンを主宰する木村昌之さんと鈴木純子にとっての、ワインとパンへの熱い想いをお届けします。
鈴木 「木村さんとは、vol.1の〈foodremedies〉の長田さんや、2021年6月の〈sundayfromage〉のセットでも話題に出た、西荻窪の松庵文庫でのイベント『bar bonbon』がきっかけで出会いました」
木村 「一緒に参加した友人である〈martau.〉うめのさんのお声がけでご一緒することになったんですよね。で、まずは顔合わせを、というとき、純子さんは長野へぴゅんと会いに来てくれたんです。作り手の元を直接訪れて会うという、そのシンプルな行動がとても印象的で嬉しかった。後にそれは、純子さんにとって当たり前で、かつ大切にしていることなんだと知りました。それがフランスでも長野でも変わらないんですよね」
鈴木 「それまでに木村さんが手掛けたパンをいただいたことはありましたが、木村さんご自身にはお目にかかっていなかったから。ほかの参加メンバーが打ち合わせをするとき、木村さんが東京に来てくださったのですが、私は渡仏中だったんです。だったらまず、長野に会いに行こうと思った。ライフワークにしているフランスでの生産者訪問もそうですが、一次情報というか、直接会いに行くことを大切にしていて。会ってお話して、そこから始めたかったんです」
木村 「上田にいらしたとき、僕の職場敷地内の野草を摘みまくっていて、その後に立ち寄った隣村の産直市場で悶えているのを見て、ああ、この人は本物だと思いました(笑)」
鈴木 「私、野草や野菜を見れば興奮する性質で(笑)。木村さんは駅に迎えにきてくれて、小麦畑にも連れていってくれて。東京時代に、より畑の近くでパンを焼きたいと思っていたこと。生産者の想いをパンに乗せて届けたいと考えていること。目をキラキラさせて語る木村さんを見て、やっぱり直接会えて良かったな、と思いました」
木村 「今回のコラボにあたって純子さんとの過去のやり取りを遡ってみたんですが、すごい濃さがあった。イベントの前なんて、純子さんが持っているフランスでのパンのイメージをむしり取ろうくらいの勢いでしたね」
鈴木 「むしり取る⁉︎ でも、何かをとらえようとされているのは感じていました」
木村 「なにせ純子さんは過去に会ったことのないような人でしたから。なんていうか、猛烈に知りたい! と思わせてくれたんです。ヴィニュロン(ワインの生産者)が普段食べているパンの断面の写真をお願いします!ってお願いしたり。ワクワクしました。」
鈴木 「上田を訪れたとき、木村さんがパンを卸している〈FIKA〉で食べたバゲットの端っこがもう抜群においしくて。ワインと合わせて楽しみながら、木村さんはこんなパンが焼きたかったんだろうな、と実感しました」
木村 「あれ実は商品ではなくて、パンオルヴァンの余り生地をバゲットに成形したもので。細身で焼き込まれて旨みが凝縮するんです。あの時のシチュエーションにはぴったりだと思って。ポケットに入れていきました。 僕にとってパン作りは生活の一部。気づいたらでき上がっている感じです。また自分が持つイメージをカタチにして伝えることのできるツールであり、社会や人と繋がるために自分にできる唯一のことだと自覚しています。パンを通じて、自然のおおらかな世界のことを伝えたい。食べる人が自然に想いを馳せてくれたら嬉しいんです」
鈴木 「私にとってのワインも、自然そのものを感じるものですね」
木村 「パンとワインは、宗教的には血と肉と言いますか、酵母っていうお母さんから生まれた進路の違う兄弟や姉妹という感じですよね。性格は気ままで揺らぎがあって、それでいて受容のあるもの同士で、それぞれがいろんなものと仲良くなれる。それゆえ、お互いに必ずしも必要としないのに、合わせると他にはないふくらみや可能性が生まれるところが面白い。もちろんどんなワイン、パンかにもよりますが」
鈴木 「同じ、酵母の生きるサイクルででき上がるものですものね。発酵中のタンクやパン生地の香りを嗅ぐと、共通した香りを感じるんです。あ、これ知ってる、親しんだ香りだ、って」
木村 「実は普段はそんなにワインを飲むときはパンを合わせていないんです。でもふと合わせてみると、おっ、となる。あくまでワインと食事があって、そこにパンがそっと居るくらいの感じがいい。だからこそ単なる炭水化物ではなく、さりげなくてやさしい、ワインのようなパンが作りたい。ワインって、パンの作り手として発酵食品の観点から見ると、生命力溢れる酵母そのものなんです。いわゆる、液種。それでいて、あんなにおいしい。しかも葡萄を育てるところから全て自然の条件だなんて、とんでもないことです。酵母から育ててパンを焼いていると、そのすごさが理解できるんです。だからナチュラルなワインの造り手には、本当にリスペクトしかありません」
鈴木 「ワインの造り手にも、『パン職人になるかヴィニュロンになるか悩んだ』と話してくれた人がいました。ワインの神様と世界中から慕われている、ジュラ地方のピエール・オヴェルノワも、今はパンを焼いています。以前、ピエールを試飲に訪問した際、ちょうどパン生地を仕込んでいて。明日の夜に焼き上がるから電話番号を書いておいてね、と言ってくれました。翌日、焼き立てにはタイミングが合わなかったけれど、冷凍庫にひとつだけ残っていたパンをいただき、その日の夕食に食べました。素朴な味わいのパン。忘れられないエピソードです」
木村 「挑戦してみて分かりましたが、パンに使う液種はほんの途中で、まだ先もあるんだ、表現の仕方や捉え方の広がりがまるで違うんだと思いました。『風の谷のナウシカ』で例えるなら、ワインは原作でパンはアニメ」
鈴木 「なるほど、ワインは原作ですか(笑)。全てのベースなんですかね。今回は、オーヴェルニュのカルト的な造り手、ピエール・ボージェの葡萄から酵母を起こしてもらい、パンを焼いてもらいました。事前にセットのワインを試飲していただき、そのイメージに合わせて白ワイン用、赤ワイン用のパンを焼いてもらうという試みでした」
木村 「少量の乾いた葡萄を水を加えて発酵させるところから手掛けました。ボージェの酵母だなんて非常に貴重なものだったので緊張しましたが、ワクワクが勝ちましたね。純子さんから以前にお土産でいただいたフランスの蜂蜜をほんの少し補糖として加え、高すぎない温度でゆっくり発酵させました。途中から全粒粉で継いでいきましたが、全体を通して感じたのは自然界の発酵のようだということ」
鈴木 「自然そのものの発酵のような様子だったのでしょうか?」
木村 「ドライフルーツや生食用の果実などから起こす酵母とは違い、なんていうか、野草を発酵させているような。いや野草の発酵をただ見守っていたような感覚がありました。すごく感覚的なものなんですが、普段のパンの果実酵母がとても人工的というか養殖的で、そりゃアルコール発酵するような条件だなと気付かされた。それに対してボージェの酵母は、地面に落ちた柿が自然と分解されていくような、そんな印象がありました。同時にハラハラもしましたが(笑)」
鈴木 「あー! そういう意味での、自然な環境に近いんですね。何というか、すごいことをやってくださったのですね。改めて感謝します。私たちは定期的にパンとワインを物々交換していますが、木村さんのパン便は、フェンネルが入ったパンとフェンネルの大きな束が組み合わされていたりと、いつも畑を感じさせてくれます」
木村 「物々交換でいただいたワインの空き瓶、全部とってありますよ。僕にとってのワインは、生活のなかの癒しなんです。1人で飲むのも誰かと飲むのも、ゆっくりと過ごしながら飲むのが好きです。料理を作りながら飲むのも好き。ワインについては詳しくもないし、記憶するのも苦手なので、ただただおいしいなあって、楽しんでいるだけ。でもそんななか、深く記憶に刻まれるワインもあります」
鈴木 「私は作り込まないパンが好きです。その日にあった素材で作られた、”農家のパン”が好きなんです。自然派ワインと合わせてパンを楽しむことが多いので、同じテンションのものが好きになりました。ワインと合わせる時は、ワインと同じ要素を選んだり」
木村 「農家のパンといえば、僕のルセットと作り方はかなり単純なんです。粉も東京時代みたいにあまりブレンドしないし、粉、塩、酵母、水だけみたいのばっかり。発酵もすんごい簡単。低温とかも使わない。というか、もう何ならほとんどどれも同じ作り方…!」
鈴木 「最高です!」
木村 「言われてみると、農家さんは作業の合間にパン焼くけれど、僕の今のやり方は本当にそんな感じなんですね。東京の〈ルヴァン〉にいた頃に見た、農家のおじいちゃんおばあちゃんがパンを焼く写真が載っている本がきっかけになっているかもしれない」
鈴木 「もともと、ワインも地酒ですものね。例えばダミジャーノ(大きな運搬用のワイン瓶)で買いに来るという」
木村 「僕にとっては、ワインはインスピレーションの源でもあります。飲みながらいつも『こんなパン作れたら』って思う。瑞々しさや、果実だったことを感じるものだったり、旨みがゆっくり沁みる淡い味わいのもの、モザイクみたいに複雑な味わいのもの、綺麗な酸があるもの、きゅっと凝縮感のあるもの、作り手を反映した素朴なもの、疲れない日常的に飲めるもの……。そんなワインが好きですね」
鈴木 「今回はワインにある要素を二人でイメージしながら、パンに落とし込んでいく作業でした。とてもワクワクしましたし、面白いマリアージュになったと思っています」
木村 「鈴木さんのワインに対する熱意を見ていると、ここまで愛するものがあることがうらやましいです。でも単にワインということではなくて、純子さんから感じるのは人、自然を愛する人だなということ。それがヴィニュロンの方々にも伝わっているからこその信頼関係なんでしょうね。貴重な体験をありがとうございました!」
そんな今回のセットは、bulbul初の、エクスクルーシブワインが登場! ロワールのピノ・ドニス100%で作ったロゼ泡、ドゥ・ヴァン・オー・リアンのジャルシネ2019です。強くたちのぼるピノ・ドニス特有の香り、綺麗な酸とスパイス感が、木村さんのパンにもぴったり。
「絆のワイン」を意味するドゥ・ヴァン・オー・リアンを立ち上げたのは、アルザスを代表するワイナリー、ドメーヌ・ビネールで働いていたヴァネッサ・ルトォ。鈴木にとって大切な友人でもあり、記念すべき初の2019年ヴィンテージを販売することになりました。
そしてもう1本は、近藤ヴィンヤード のコンコン・クヴェグリ 2018というオレンジワイン。 鈴木が近藤ヴィンヤードと出会ったのは、現ワインショップQurutoの古賀さんが当時営んでいたバーにていただいた白ワイン。それから8年ほど経ち、北海道は空知地方を訪問した際に近藤兄弟とご縁ができて、特別にお預かりした飲食店限定のキュベです。空知のテロワールの特徴である繊細な酸を骨格に、梅カツオ感、ラズベリーなどのチャーミングな果実味が感じられる貴重な空知の味わいです。
最後の1本は、ジュラの新進気鋭の生産者、アントワン・ル・クールの赤、ヴィーダ・マンサ2019。音楽を愛するゆえ、キュヴェの名前は音楽からインスパイアされたもの。ヴィーダ・マンサは、妻の出身地であるブラジルはサンパウロのアーティスト、キコ・ヂヌッチのアルバムより名付たとか。
透明感ある淡い色合いが目から美味しい、黒い果実の豊かな味わいとハーブブーケのような香りが楽しい、チャーミングなワインです。
自由なワインたちと木村さんのパンとの相性はきっと抜群。bulbulが大切にしているものがぎゅっと詰まった9月のセットとなりました。
Edit & Text by Shiori Fujii